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東京地方裁判所 昭和58年(行ウ)162号 判決

原告 中村正子 外一名

被告 東京都目黒区長

主文

本件訴えをいずれも却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、別紙目録記載の電子計算処理装置の借上経費に充てるため、東京都目黒区の公金を支出してはならない。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

(本案前の答弁)

主文同旨

(本案に対する答弁)

1 原告らの請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告らは、東京都目黒区(以下「目黒区」という。)の住民であり、被告は、目黒区長である。

2  目黒区は、昭和五八年一二月、日本アイ・ビー・エム株式会社(以下「訴外会社」という。)との間で、訴外会社が目黒区に対し昭和六二年一二月まで別紙目録記載の電子計算処理装置(以下「本件電子計算処理装置」という。)を賃貸する旨の賃貸借契約(以下「本件契約」という。)を締結し、目黒区は、昭和五八年一二月一八日、本件契約に基づき、本件電子計算処理装置を目黒区役所本庁舎に設置した。被告は、本件契約に基づく本件電子計算処理装置の借上経費(以下「本件借上経費」という。)に充てるため、目黒区の公金を支出しようとしている。

3  しかしながら、本件契約は、次に述べるとおり、公序良俗に反するから、民法九〇条により無効であり、したがつて、右公金の支出は、違法である。

(一) 本件契約は、目黒区がオンラインによる電子計算処理体制である行政サービス拠点支援システム(以下「支援システム」という。)を開発、稼働させることを目的として締結されたものであるところ、支援システムの開発、稼働は、以下に述べるとおり、住民の基本的人権であるプライバシーの権利を侵害する違法なものであるから、本件契約はその動機が不法である。

(1) 支援システムの概要

支援システムは、目黒区役所本庁舎の電子計算機本体と行政サービス拠点二四か所に設置する端末装置及び印刷装置を通信回線で連絡し、住民記録事務ほか一二の業務について漢字によるオンラインリアルタイム処理を行うものである。

(2) 現行の電子計算処理との比較

目黒区では、現在、住民記録事務ほか二五の業務について電子計算処理を行つているが、支援システムは、現行の電子計算処理とは、全く性格の異なるものである。支援システムと現行の電子計算処理との主な相異点は、次のとおりである。

ア 現行は、インラインであるが、支援システムでは、オンラインとなる(つまり、端末装置が初めて本庁舎外に置かれる。)。

イ 現行インラインは、出力が中心であつたが、支援システムでは、オンラインリアルタイム処理がなされる。

ウ 現行住民記録事務は、カタカナで処理されていたが、支援システムでは、漢字による処理がなされる。

エ 支援システムでは、現行の手作業事務、すなわち、人間が判断する事務が廃止され、すべて一たん電子計算機に入力された後、電子計算機が判断、出力することになる。

(3) プライバシー侵害

ア 支援システムは、情報の収集から利用に至るまで、全体としてプライバシーを侵害するものとなつているが、特にサービス拠点での情報流出の危険が極めて高い。

すなわち、サービス拠点に配置される職員は、二つの性格の異なる事務を行うこととされている。一つは、住民記録事務ほか一二業務の窓口事務であり、他方はコミユニテイー形成支援事務である。窓口事務は法律に従つて厳格に執行し、この過程での住民の個々の情報は他へ流出させてはならないものである。また、コミユニテイー形成支援事務は、行政の裁量を最大限に生かして地域内の住民と協議しながら行うものであり、職員と住民はひんぱんに接触するものである。現在においても、住区センターには、関係住民が毎日五人ないし十数人訪れ、事務室(支援システム開発以後は行政サービス拠点となる場所)に長時間滞在し、懇談している実態がある。

以上のように、性格の異なる事務を狭い同一事務所内で行うことは、窓口事務で行われる住民情報のやりとりが第三者である地域の住民に漏れる結果を生む恐れは非常に大きい。

また、サービス拠点の職員の主要な事務には、住区住民会議の育成援助に関する事務があるとされているが、実際は、地域の特定の住民のみを対象に補助金や委託料を名目とした違法な公金の支出を行つているのであり、目黒区職員と地域の特定の住民との間では癒着が生れやすい状況となつている。

更に、サービス拠点の電算端末装置は、住民記録、税務、国民健康保険、年金、老人保健など電算入力済のほとんどの住民情報を出力することができる。なお、このような端末装置は、電子計算課と、サービス拠点以外には予定されておらず、住民と接触する課では、サービス拠点のみが、住民のすべての情報を検索できるのである。

イ 支援システムでは、本籍地等、基本的人権にかかわる情報が現行処理より多く入力され、かつ端末機も数倍に増えているにもかかわらず、プライバシー保護の対策がなく、プライバシー侵害の危険がある。

被告は、これについてパスワードにより端末操作者を制限するかのように述べているので、この点について述べる。

目黒区行政サービス拠点問題検討委員会の報告の中では、確かにパスワードについて検討はされていたが、支援システムの実際の設計段階では、操作者ごとのパスワードは導入されなかつた。処理実績記録による内容チエツクについても、端末操作の全件数についてのチエツクを行うシステムは作成されていない。端末装置付近の立入制限についても、現行庁内端末でも実施されておらず、また、サービス拠点では、事務室が極端に狭いので、端末付近への立入制限の実施は不可能である。

以上のとおり、目黒区行政サービス拠点問題検討委員会の報告によるデータ保護対策は、実施不可能なものや意味のないものであつて、抜本的なデータ保護対策は全くないことになる。また、電算条例によるデータ保護についても、何ら強制力のないものであり、支援システムによる情報流出の防止には役立たない。

以上のように、住民のすべての情報が簡単に取り出すことができる装置があり、装置の使用に何の物理的制約もなく、関係住民と職員の癒着が進むなかでは、住民情報が簡単に流出してしまうことは、目にみえている。

ウ 支援システムは、情報の目的外流出の危険性も大きい。被告は、かつて、電子計算機で作成した選挙人名簿二〇万人分を目黒郵便局へ横流しするというプライバシー侵害事件をひきおこしている。支援システム稼動により、住民情報の大量外部流出の危険は増大するのである。

(4) 訴外会社は、本件契約が支援システムの開発、稼動を目的としていること、支援システムの開発、稼働は住民のプライバシー権の侵害となることを承知した上で契約を締結したものである。訴外会社は、支援システムの計画段階から、その社員を無償で常駐させるなどして、開発作業に直接関与しており、支援システムの詳細を知つていたのである。

(5) したがつて、本件契約は、動機が不法であり、動機が表示されているのであるから、民法九〇条により無効である。

(二) 本件契約は、訴外会社に一方的に有利なものであるから、暴利行為に該当する。

(1) コンピユーターシステムは、機械装置(ハードウエア)とそれを機能させるプログラミング(ソフトウエア)から構成されている。プログラミングは数も多く、いくつかの分類方法があるが、メーカーが開発するプログラミングとユーザーが主に開発するプログラミングに分けることができる。メーカー開発のプログラミングは、機械の基本的な働きをさせる部分である。ユーザー開発のプログラミングは、各ユーザーごとに各業務にあつた形で開発される部分である。そして、機械装置は、その機械装置に適合する数多くのプログラミングがあつてはじめて機能することになり、一つのプログラミングが欠けても、正常に作動しないのである。

(2) 別紙目録記載の電算機械装置に関しては、本件契約の基本契約書第一条第三項による無料で提供されるプログラミング(以下「無料プログラミング」という。)と、本件契約とは別途になされたローカル・プログラム・サポート契約によるプログラミング(以下「有料プログラミング」という。)が、メーカー開発のプログラミングである。

(3) 前述のとおり、プログラミングは、電算機械装置と切り離せないものであるので、電算処理装置の購入、賃貸契約の際は、プログラミングの使用の権利を明確にすべきである。ところが、本件契約の契約書によると、無料プログラミングの提供期間は、四年間だけで、機械買取後の提供の保障がなく、また、その内容も訴外会社によつて一方的に定めるものとなつているのである。また、有料プログラミングについては、契約期間が一年間となつており、契約更新の保障がないのである。

したがつて、訴外会社は、本件契約によつて、「有料プログラミングの契約更新を拒否する。」「機械買取後無料プログラミングの提供をやめる。」「わずかの違約金を支払つていつでも有料プログラミングの提供を拒否する。」のいずれの方法によつても目黒区のコンピユーターシステムを一方的に止めることができる立場に立つたのである。

(4) 本件契約の締結によつて、訴外会社は、前述のように、目黒区の行政システムを左右する立場に立つことになつたが、これにとどまらず、訴外会社は、目黒区のコンピユーターシステムの周辺機器類を独占的に契約できる立場にも立つたのである。事実、本件契約以後締結された電算機周辺機器類(端末表示・入力装置や端末印刷装置など)や関連事務用具(机・イスなど)は、ことごとく訴外会社の製品でしめられることとなつた。

(5) 本件契約は、訴外会社が、被告の無知と手続無視(被告は見積り合せの手続をしていない。)につけこんで、訴外会社側に一方的に極めて有利な条件で締結させたもので、民法九〇条により無効である。

4  そこで、原告らは、昭和五八年九月八日、目黒区監査委員に対し、地方自治法二四二条一項に基づき、本件公金支出の差止めを求める住民監査請求をしたところ、目黒区監査委員は、同年一一月一日付けで右請求を棄却した。

5  被告は、本件借上経費として昭和六二年度までに合計一億六一六五万四四〇〇円の支出を予定しているところ、右支出予定金額に照らすと、支出後に被告または支出先からその填補を図ることは困難であるから、本件支出により目黒区は、回復困難な損害を蒙るおそれがある。

6  よつて、原告らは、前記監査結果に不服があるので、地方自治法二四二条の二第一項一号に基づき、被告に対し、本件公金支出の差止めを求める。

二  被告の本案前の主張

本件訴えは、被告を誤つており、不適法である。

原告らは、本件訴えにおいて、公金の支出の差止めを求めるにつき目黒区長を被告としているが、次に述べるとおり、目黒区長は、右公金の支出につき、何らの権限を有していないのである。

1  地方自治法二四二条の二第一項一号所定の行為差止請求訴訟の被告となるべき者は、差止請求の対象たる当該行為をなすべき権限を有する当該地方公共団体の執行機関又はその補助機関としての職員であることは明らかであるから、本件公金の支出の差止請求においては、本件借上経費の支出命令の権限を有する執行機関又はその補助機関としての職員を被告としなければならないのである。

ところで、本件借上経費については、(款)総務費(項)企画費(目)電子計算管理費(節)使用料及び賃借料として昭和五八年度目黒区一般会計補正予算(第一号)に計上されて企画部長に配当され、企画部で予算の執行に関する事務を所管しているのである。

目黒区長は、企画部に属する借上経費の使用料及び賃借料については、地方自治法一四九条二号により支出命令の権限を有しているが、右権限は、東京都目黒区会計事務規則(昭和三九年東京都目黒区規則第五号。以下「会計規則」という。)二条四号の規定に基づき、東京都目黒区予算事務規則(昭和三九年東京都目黒区規則第四号。以下「予算規則」という。)四条の別表によつて企画部企画課長に委任されているのであるから、目黒区長には、本件借上経費の支出命令の権限はないのである。

2  原告らは、予算の配当がなされる前は、企画部に属する借上経費の使用料及び賃借料の支出命令の権限が企画部企画課長にあることを特定することはできない旨を主張しているが、右主張は、次に述べるとおり、失当である。

(一) 予算が成立すると、各事業を所管する部局の長によつて四半期ごとに区分した年度間の予算執行計画が作成され、それに基づき、総務部長が右各部局の長に歳出予算の配当を行うこととなるのである(予算規則一一条、一三条、一五条及び一七条参照)。

(二) 右歳出予算の配当とは、右に述べた予算執行計画に基づいて、支出負担行為及びそれに基づく支出命令ができる限度額を定期又は臨時に割り当てることをいうのであるから(地方自治法施行令一五〇条一項二号)、それによつて、初めて歳出予算の執行としての支出負担行為及び支出命令等の行為ができるようになるのである(地方自治法二三二条の三及び二三二条の四参照)。

(三) 予算規則四条及び別表による支出命令の権限の委任は、内部委任ではなく、権限の委任であるから、歳出予算の配当がなされて歳出予算の執行ができる段階に至れば、本件借上経費についての配当予算内の支出命令の権限は、企画部企画課長にあるといえる。したがつて、被告には、支出命令の権限はないのである。

(四) 右のことから明らかなように、予算の配当がなされることによつて、はじめて歳出予算の執行ができる状態になるのであるから、歳出予算の執行ができない予算の配当前の段階における支出命令権者が誰であるかを論じることは、意味がないのである。

なんとなれば、仮に、予算の配当前の段階では、被告目黒区長に支出命令の権限があるとしても、予算の配当によつて、歳出予算の執行ができる状態になれば予算規則により具体的な支出命令の権限は企画部企画課長に委任されているのであるから、右区長が具体的な支出命令の権限を行使するということは全くないのである。すなわち、予算の執行上具体的な支出命令の権限は、当初から予算規則によつて企画部企画課長に委任されているのである。

右のことから、昭和六二年度以降の本件借上経費についても、予算規則上は、支出命令の権限を有する受任者は特定されているといえる。

3  本件借上経費に係る電子計算機による行政サービス拠点支援システムの電子計算管理事業(以下「電算管理事業」という。)の歳出予算の配当は、次に述べるとおり、毎年度、必ず企画部長になされるのである。

(一) 電算管理事業は、東京都目黒区組織規則(昭和四〇年東京都目黒区規則第四号。以下「組織規則」という。)一〇条及び東京都目黒区事案決定手続規程(昭和五九年東京都目黒区訓令甲第二号)四条及び別表の「二 企画部専管事案」により、企画部所管の事務・事業であるから、歳出予算の配当は、予算規則六条、一三条及び一七条により、必ず企画部長になされるのである。

(二) また、予算は、各会計年度(地方自治法二〇八条)により作成されるものであり、予算の配当がなされないと歳出予算の執行ができないところから、電算管理事業に要する本件借上経費は、毎年度、必ず、企画部長に配当されることになるのである。

4  以上述べたことから明らかなように、本件借上経費の支出命令の権限は、予算規則によつて当初から企画部企画課長に委任されており、予算執行上、被告目黒区長は右権限を有しないのであるから、本件訴えは、被告を誤つた不適法なものとして却下されるべきである。

三  本案前の主張に対する認否及び反論

本案前の主張は、争う。

違法公金支出の差止を求める本件訴えについては、目黒区長を被告とするべきである。

1  地方自治法二四二条の二第一項一号の差止請求については、当該行為をなす権限を有する機関、職員又は行政庁を被告とすべきである。当該行為につき、長その他の機関から事務の委任を受けている職員があるときは、受任者又は委任者のいずれを被告としてもよいと考えられる。

目黒区長は、本件借上経費について、地方自治法一四九条二号により、支出負担行為及び支出命令の権限を有しているのであるから、本件借上経費の支出に関しては、支出命令の権限が委任されているかのような規則が存在するものの、右のとおり差止請求の被告については、委任者、受任者のいずれを被告としてもよいと考えられるので、本件において目黒区長を被告とすることには、何の問題もない。

2  本件支出命令の委任については、次に述べるとおり、受任者が特定できず、また、支出命令の実質的権限は目黒区長にあるという事情があるので、本件差止請求の被告は、目黒区長以外には考えられない。

(一) 本件借上経費の支出に関して、予算規則による支出命令の受任者を目黒区の住民が特定することは不可能である。予算規則による支出命令の受任者を特定するためには、予算科目・予算の配当及び所管が確定していることが必要である。しかし、目黒区長は、予算の配当・所管の変更(配当された予算は、予算規則一七条三項によつて他の部局の長に執行が委任されることがある。)について、逐一住民に公表していないのであるから、住民が支出命令の受任者を特定することは不可能である。

また、本件差止請求に関しては、昭和六二年度までの支出分を訴えの対象としているところである。このため、本件借上経費のうち、将来の会計年度に支出されるべき分については、予算規則による支出命令の受任者は、予算の配当がなされていないので確定していないものというべきである。

(二) 本件支出の実質的権限について

被告は、本件電子計算処理装置の借上決定手続に直接関与しているのであり、本件支出の支出負担行為及び支出命令の実質的権限は被告にある。また、被告は、予算規則による支出命令の受任者に対し、地方自治法第一五四条により、直接的かつ絶対的に指揮監督する権限を持つている。

四  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2は認める。

2(一)  同3の冒頭の主張は争う。

(二)  同3(一)のうち、冒頭の主張は争い、(1)は認める。(2)のうち、ア及びウは認め、その余は否認する。(3)は否認する。(4)及び(5)は争う。

(三)  同3(二)は争う。

3  同4は認める。

4  同5のうち、本件借上経費として昭和六二年までに合計一億六一六五万四四〇〇円の支出が予定されていることは認め、その余は争う。

五  被告の反論

1  本件契約には、次に述べるとおり、原告らが主張するような公序良俗に反する不法な動機はなく、したがつて、本件契約は、有効に成立している。

(一) 支援システムの開発、稼働は、住民サービスの向上及び行政の効率的な事務処理体制の確立を目的としているものである。

支援システムを開発、稼働させた場合の効果は、次のとおりである。

(1) 住民サービスの向上

ア 所管区域制の廃止による利便性の向上

所管区域制の廃止により、住民はどこの行政サービス拠点でも等質の行政サービスを受けることができ、利便性が向上する。

イ 窓口における待ち時間の短縮

オンラインによる対話処理により、申請事案の処理が迅速化され、窓口での待ち時間が短縮される。

ウ 取扱事務の拡大と完結性の向上

住民記録を中心とする多種のデータベースをオンラインで利用することにより、取扱い事務が拡大し、また処理方法も単なる取り次ぎではなく、その場で完結的に処理し、更に関連事務も同時に処理することが可能となる。

エ 申請手続の簡素化・平易化

簡単な申請により、正規の申請書を住民にかわつて作成したり、複数の事務に関する届出を一つの届出により行うことが可能となる。

オ 取扱事務の正確性の向上

すべての業務が共通のデータベースを中心として処理ができ、総合的なエラーチエツク等が可能なので、正確性が著しく向上する。

(2) 効率的事務処理体制の確立

ア 庁内各事業部門に対するサービスの向上

窓口でデータが入力された段階で、オンラインを通じてそのデータが各事業部門で共有できるため、現行の文書による連絡が廃止され、最新のデータを即時に容易に利用することが可能である。

イ 人手処理の省力化

オンラインによる対話処理により、窓口業務の処理時間が短縮され、また人手処理が全く不要となるものや、廃止される帳票等が多数あるので、人手処理が大幅に省力化される。

ウ 情報の見易さの向上

漢字処理により、漢字の象形文字としてのすぐれた伝達機能が十分発揮され、情報が見易くなり、現行のカナ文字処理に比べ職員の労働条件が向上する。

エ 経費の節減

台帳等の廃止により印刷費等が削減されたうえ、事務室に空間が生じ、また紙台帳と磁気フアイルとの二重異動処理等が廃止されるので、経費の大幅削減となる。

オ 人件費の抑制及び削減効果

人手処理の省力化に伴い、人件費の抑制及び削減が可能となる。

(二) 原告らは、支援システムの開発は住民のプライバシーの権利が侵害される危険性が極めて高いと主張しているが、支援システムの開発に当たり、目黒区の庁議で了承された目黒区行政サービス拠点問題検討委員会等の報告は、支援システムを構築するための要件として、住民に関するデータの漏えいや滅失がないような保護体制が確立されていなければならないとし、データの保護体制として、

(1) 主管課ごとに表示及び更新できるデータ項目を端末装置で制限する。

(2) パスワード(暗証番号)により端末操作者を制限する。

(3) 処理実績の記録により処理内容をチエツクする。

(4) 端末装置の付近に職員以外の人の立ち入りを禁止する。

とのことを提言しているので、目黒区では、右提言の趣旨に従い、住民のプライバシー保護には十分留意している。

なお、支援システムの稼働に当たつては、操作者ごとのパスワードは導入されなかつたが、担当者以外の第三者の端末装置の操作及びその周辺への立入りを制限するため、課又は係単位のパスワードを設定することとされ、右(2)の処理実績の記録による内容のチエツクは現実に行われており、また、端末装置への立入制限は、東京都目黒区電子計算組織管理運営規程(昭和五二年東京都目黒区訓令甲第八号)二二条及び二四条により実施されていたところ、更に右管理運営規程を改正し、端末装置付近への立入制限を強化した。

また、目黒区は、東京都目黒区電子計算組織の管理運営に関する条例(昭和五一年東京都目黒区条例第三四号)を制定して、データの開示、提供及び安全管理等につき、規定を置いて住民の基本的人権を尊重し、住民の個人的秘密を保護している。

したがつて、支援システムの開発、稼働によつて、住民のプライバシー権が侵害される危険性は存在しないのであり、原告らの右主張は失当である。

2  原告らは、本件契約満了後のシステム制御プログラミング(以下「プログラミング」という。)及びプログラミングについてのローカル・プログラム・サポート(以下「プログラム・サポート」という。)の提供の保障がないことをもつて、本件契約が訴外会社に一方的に有利な契約であると主張するが、次に述べるとおり、本件契約は目黒区と訴外会社が対等の条件で締結したもので、何ら訴外会社に一方的に有利な契約ではない。

(一) プログラミングは、原告らが主張するとおり電子計算機械とは切り離せないものであり、プログラミングがなければ機械は稼働しないのである。

そこで、プログラミングの使用権について契約上明確にしておかなければならないことはいうまでもないことである。

(二) 訴外会社との機械長期賃貸借基本契約(以下「基本契約」という。)によれば、右契約期間中、訴外会社はプログラミング及びプログラミング・サービスを無料で提供しなければならない義務を課されており、プログラミングの使用権は明確にされている。

(三) 原告らは、基本契約期間満了後、目黒区が機械を買い取ることを想定して、買取り後のプログラミングの提供の保障がなく、訴外会社は一方的にその提供をやめることができると主張しているが、そもそも、基本契約は機械の賃貸借について規定したものであつて、機械の売買について定めたものではないのである。

したがつて、右契約に買取り後のプログラミングの提供に関する規定がないことは当然のことであつて、このことによつて右契約の無効を論ずることはできないのである。現在の基本契約は、昭和六二年一二月まで継続し、右契約期間中、訴外会社にプログラミングの無料提供が義務づけられ、目黒区のプログラミングの使用権が保障されているのであるから、訴外会社が機械を一方的に止めるということはあり得ないのである。したがつて、基本契約は訴外会社にとつて一方的に有利なものではなく、有効な契約として成立し、存続しているのである。

仮に、右契約期間満了後、機械を買い取るとした場合、右契約書の第一二条第一項二号に基づき、機械の売買契約を締結することになるが、その際、使用される契約書第一条第一項でもプログラミングの無料提供が訴外会社に義務づけられ、機械買取り後の使用権が明確にされているところから、訴外会社が機械を一方的に止めることはあり得ないのである。

(四) 機械の性質上、前に述べたようにプログラミングがなければ機械が稼働しないところから、訴外会社が機械を賃貸したり、売つたりする場合、機械だけの提供ということはあり得ず、機械を稼働させるのに必要なプログラミングは機械とともに無料で提供されるのである。この点は、現在のコンピユーター業界では慣例とされている。

したがつて、機械の賃貸借期間中はもちろんのこと、買取り後においても訴外会社が一方的にプログラミングの提供をしないということはあり得ない。

(五) 訴外会社は、地方公共団体と機械の長期賃貸借契約を締結する場合、乙第一六号証の二の様式による基本契約書により締結している。

右契約書の内容で、いままで訴外会社がプログラミング及びプログラム・サポートの提供を拒否し、地方公共団体の機械が稼働しなくなつたという事態は一度も発生したことはない。

(六) 原告らは、プログラム・サポートの契約更新の保障がなく、訴外会社はいつでもプログラム・サポートの提供を拒否することができ、機械を一方的に止めることができると主張しているが、右主張はプログラム・サポート契約の内容を誤解しているものであつて、右契約の解消に伴つて機械が稼働しないということにはならないのである。すなわち、プログラム・サポートとはソフトウエアの技術員が具体的にプログラムの誤り個所の訂正作業を行うことをいうのであつて、いわば右契約は、プログラムの保守についての契約に過ぎないのである。したがつて、右契約の解消により機械が稼働しないということはあり得ない。

(七) また、プログラムの訂正の必要がなくなつた場合、プログラム・サポート契約を更新しないということもあり得るが、これは訴外会社が右契約を一方的に拒否するということではなく、目黒区と訴外会社の判断によりなされるのである。プログラム・サポートについては、機械を使用している相手方が必要とする限り、訴外会社がこれを提供することは商慣習とされており、拒否することはあり得ない。現に目黒区は、訴外会社と一七年間にわたり毎年プログラム・サポート契約を締結しているのであり、一度も拒否されたことはない。

(八) 以上述べたとおり、本件契約は不法な動機を有するものではなく、また、本件契約期間満了後のプログラミング及びプログラム・サポートの提供の保障がないからといつて、これにより本件契約が訴外会社に一方的に有利なもので、訴外会社が機械を一方的に止めることができる立場に立つているとはいえないのであるから、原告らの本件契約は無効であるとする主張は何ら理由がなく失当である。

第三証拠〈省略〉

理由

一  請求原因1(原告ら及び被告の地位)、2(本件契約の締結等)及び4(住民監査請求の経由)の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、本件訴えの適否について判断する。

1  まず、本件訴えは、地方自治法二四二条の二第一項一号に基づき本件借上経費の支出命令の差止めを求めるものと解されるところ、同号に基づく差止請求について被告適格を有する者は、同号の規定に照らし、差止めの対象たる行為をなし得る権限を有する執行機関又は職員に限られるものと解されるから、本件訴えについて被告適格を有する者は、本件借上経費の支出命令の権限を有する執行機関又は職員に限られるものというべきである。

2  そこで、地方自治法一四九条二号によれば、本件借上経費の支出命令の権限は、被告が有していることが明らかであるところ、被告は、右権限は、企画部企画課長に委任されているから、被告には、右権限はないと主張するので、この点について判断するに、組織規則一〇条によれば、本件借上経費に係る支援システムの電子計算管理事業は、企画部の所管する事務とされており、予算規則四条及び別表は、予算の執行に関し、企画部の所管に属する事項についての支出命令の権限を企画部企画課長に委任しているから、結局、被告の有する本件借上経費の支出命令の権限は、企画部企画課長に委任されているものというべきである。

この点について、原告らは、本件借上経費の支出命令の権限の委任においては、受任者が特定していないと主張するが、右に述べたとおり、組織規則一〇条の所管の定め並びに予算規則四条及び別表の権限委任規定の両者により右委任の受任者は企画部企画課長であることが明らかであるから、右主張は、採用することができない。なお、予算規則四条及び別表の規定は、配当予算の範囲内に限つて支出命令の権限を企画部企画課長に委任しているところ、原告らは、本件借上費用のうち、将来の会計年度に支出されるべき分については、予算の配当がなされていないので、右委任の受任者は確定していないと主張する。しかしながら、右にいう配当とは、歳出予算の執行を統制する手段として、予算執行計画に基づいて支出負担行為及び支出命令のできる限度額を定期又は臨時に割り当てることをいうものであつて(地方自治法施行令一五〇条一項二号参照。なお、目黒区においては、予算の配当は、予算規則一七条一項により、総務部長が行うものとされている。)、予算規則の前記規定は、予算の配当によつて、はじめてその額の範囲内で歳出予算の執行としての債務負担行為及び支出命令等の行為が可能となり、配当額を超えて予算の執行をすることはできない(地方自治法二三二条の三、二三二条の四、同法施行令一五〇条一項二号、一五一条参照)ことから、支出命令の権限の委任を配当予算の範囲内に限定したにすぎないものというべきである。そして、本件借上経費に係る支援システムの電子計算管理事業が企画部の所管に属する以上、歳出予算が成立し、その配当がされて歳出予算の執行が可能な段階に至れば、直ちに企画部企画課長が本件借上経費の支出命令の権限を行使し得ることとなるとともに、右の段階に至る前にその支出命令の権限が行使されることは予算の執行上あり得ない(前記地方自治法及び同法施行令の各規定参照)から、本件借上経費について支出命令の権限を行使し得る者は、前記委任規定の下においては、将来の会計年度に支出すべき分についても、企画部企画課長以外にはないものというべきである。したがつて、原告らの前記主張も採用の限りではない。

3  以上によれば、本件借上経費の支出命令の権限は、企画部企画課長に委任されているものであり、行政事務の委任がされた場合には、委任事務の執行権限は、受任庁に帰属し、委任庁は、自らこれを執行する権限を失うものであるから、被告は、前記権限の委任により、右の支出命令の権限を失つたものというべきである。なお、被告は、地方自治法一五四条の規定に基づき、企画部企画課長に対する委任事務についての監督権の行使として、同課長のした本件借上経費の支出命令が違法又は不当であると認める場合には、その全部又は一部を取り消す権限を有するが、右の権限は、右の支出命令に関する権限そのものではなく、行政組織上認められる事後的な抑制作用としての是正権限であるにすぎないから、被告に右のような権限があることをもつて、本件訴えの被告適格を根拠づけることはできない。

4  そうすると、被告は、本件訴えについて被告適格を有しないものというべきである。

三  よつて、原告らの本件訴えは、いずれも不適法であるから却下し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 宍戸達徳 柳田幸三 金子順一)

目録〈省略〉

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